開国の町と小さな仲間達

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「うーらーがー!きたぁーーー!!」
 連休初日、4/29は昭和の日。ナナと小さな仲間達は、翠騎さんのJazz公に乗って浦賀に到着しておりました。
 浦賀の街にはこれまで何度か訪れた事はあったのですが、大体他の場所の“ついで”になる事が多く、本腰を入れて探訪した事はなかったため、偶々この日に開催されていた「咸臨丸フェスティバル」にかこつけて、1日掛かりで巡ってみたというお話ですよ。

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 スタート地点は、件のイベントが開催されている浦賀造船所跡地、かつての浦賀船渠から。明治以来今世紀初頭に至るまで軍艦/護衛艦から一般船舶に至るまで、数多くの艦船を建造・補修し続けた場所として、その筋ならば知らぬ者のないであろう場所であります。
 浦賀自体が東の明神山と西の愛宕山に挟まれ、狭く切れ込んだ海の周りに広がっている町という地形ゆえ、メインイベントになる産業遺産(ドライドック)見学会が始まるまでの間で、ざーっと回ってしまう事に。
 さてさて果たして、どうなりますやら?
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 イベント内の式典が始まる中、一同は浦賀郷土資料館へ。来航したペリーとの交渉にあたった事を始め、吉田松陰に海防の何たるかを教え、木戸孝允にも影響を与えた浦賀奉行所与力・中島三郎助永胤にまつわる品々や、江戸~明治期の浦賀にまつわる物品が数多く展示されていましたが、(いずれも撮影禁止でしたので)休憩スペースにてとりあえず記念スタンプをば。

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 続いて訪れたのは、叶神社。源平争乱の頃1181年に、源氏再興を祈念して石清水八幡宮を勧請・創建されました。
 見事な彫刻が施された現在の社殿は江戸末期のものですが老朽化が激しく、現在修復が予定されているとの事です。

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 その近傍に聳え立つのが愛宕山、別名「浦賀園」。明治後期に完成した、神奈川県内最古とされる自然公園です。
 かつては浦賀一円の景観を楽しめたようですが、今でも山頂からは東京湾を(なんとか)臨む事ができました。

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 江戸末期の幕臣・勝海舟が咸臨丸で太平洋を横断する際、この浦賀から出港した事を記念する碑や与謝野夫妻の文学碑、そして中島三郎助の招魂碑などが建てられていますが、容赦なく茂る緑に路面は不安定そのもので、人気も殆どなし。
 「なんか、どんどん自然に還ってるって感じだねー」

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 「ここは浦賀奉行所跡……なんだが、今は団地が立ってて、この堀の石垣くらいしか残ってない」
 「咸臨丸フェスティバルで展示されてた当時の立体図を添えてみたよ。なんか、再建運動もしてるみたいだね」
 「3年後予定って……間に合うのか?」

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 「でもって、ここが為朝神社。“虎踊り”で有名なんだって」「ああ、為朝ってあのガンダムか」
 「否定は出来ないけど、その覚え方は正直どーかなぁ(笑)」
 「ここにも彫刻が残っていますね。それに、八重桜もきれい…」

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IMGPE2473.jpg 「あ、ここは前来た事あるね!」
 「先の大戦終結の後、復員兵を始めとする海外からの引き揚げ者約56万人が帰国を果たした、通称“陸軍桟橋”です」
 「へぇー…」(←実はもはや“大勢”としか認識できてないレイカルさん)

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 「ここからは、渡し船に乗るよー」「おぉ、あの時見たやつな!」
 なお、公式パンフよりもちょっとだけ値上がりしていますので、乗る際にはお気をつけて。

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 そして、たどり着いたのは明神山の麓、叶神社。「って、ちょっと待て。さっき同じ名前の場所があったぞ」
 「ああ、こちらは江戸時代に創建された東叶神社、明治の廃仏毀釈以前は耀真山永神寺とも呼ばれていた場所ですよ。ちなみにさっき見た叶神社は、西叶神社とも呼ばれています」
 「この社殿には、彫刻はないんだね?」「関東大震災で倒壊して、昭和初期に再建されてますから」

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 「奥の院は、かつて後北条氏の時代には浦賀城と呼ばれた水軍の本拠地でして、その後は明神山として修験道に用いられたといいます。アメリカ渡航を控えた勝海舟が、道中無事を祈願してここで断食行をしたのだとか」
 「修験道っていうと、鷹取の山を思い出すね~!」「ああ、そうだな」

 なんてやってる間に時間もなくなってきましたので、明神山を降りて造船所跡地へ向かいます。
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 「長きに渡って浦賀の造船業を支え続けた導水坑の出口です。稼動していた当時は造船所内にあったタービンの冷却用に使われていたのだとか」

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 「これは“大衆帰本塚”。江戸末期に開国した結果浦賀の町が大きくなって、それまで無縁仏が眠っていた所にまで広がったため、まとめて供養するため立てられましたが、その後更に町が大きくなったため現在の位置に移転しています」

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 こうして一同は再び浦賀造船所跡に戻り、当初の予定を果たしていく訳なのですが、前にも言及した通り内部の撮影(正確にはWEBへのアップ)はNG。その代わり、上空に群がるトンビ('A`)と、お口直しのいいんちょをお楽しみください。
 なお、今回は探訪に終始しましたので、残念ながら(?)ナナの海ドボンはナシ。そもそも燈明堂海岸へのトライは、昨年もやってますしね。
 
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 浦賀、といえば京急線の終着駅の1つ程度にしかご存じない皆様も、浦賀船渠だけは知ってるよという皆様も、この小さな町に秘められた楽しさをお楽しみいただけたでしょうか。もしそうならば、幸いに存じます。
 という訳で、今回はここまで。ではでは、また!
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プロフィール

翠騎

Author:翠騎
日々を趣味の探求に生きる旦那芸の人。

神姫オーナーとしてはパートナーのシュメッターリング3rd改「ナナ」を中心に、広く浅くやっております…といいますか、むしろナナの方が知られていたり(^^;
(その他の神姫たちはこちら
最近は30数年ぶりにガンプラ熱再燃、旧ザクアメイジング作ったりとか妖怪グレイズ置いてけだったりとか。
あと、ミニ四駆も始めたてほやほや。

もし何かございましたらこちらまで、お気軽にどうぞ!
(スパム回避のため画像になっておりますので、ご注意くださいませ)

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