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謎!戦艦オレゴンの鎖~横須賀逍遥・補記~

 さて。この日8/9は、ずっと自宅でブログ記事更新関係の画像編集やら色々やっとった訳ですが、先の夏のお茶会の時にちょっと気になった案件があったのですよ。
IMGPG4265.jpg
 それがこれ「戦艦オレゴン記念碑」。今回は(明らかにこのブログの趣旨とは異なりますが)ついつい気になってしまったコイツをネタに記事を書いていこうと、このように思います。
 いちおうついったにも書いた事ではあるんですが、それとは別に備忘録という事で。

 でもってまずは、この戦艦オレゴンとはいったいなんぞや?というお話から始めると致しましょう。
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USS_Oregon_NH61222_010318.jpg
 (建造当初~米西戦争時の姿。元画像:Wikipedia)
 戦艦「オレゴン(BB-3)」は、アメリカ海軍が初めて建造した近代型戦艦ことインディアナ級戦艦の3番艦。1893年に進水し、1896年に就役した、所謂「前弩級戦艦」です。
 基準排水量10,288トン/全長約107メートル/全幅約21メートルの船体に33cm主砲2基4門および20.3cm副砲4基8門、15.2cm舷側砲4門等々の兵装を搭載。最高16ノットで航行する事が出来ました。
 当初は船体形状から外洋での航行には不向きなものとされ、主に太平洋艦隊で沿岸防備に用いられていました(つまり、事実上海防戦艦扱い……)が、1898年にスペインとの間でキューバを巡る米西戦争が勃発した際には、太平洋岸サンフランシスコから南米大陸の南端・ホーン岬を回って大西洋側フロリダまでの66日間14,000マイル以上という(本艦のスペックはもとより、当時存在した鉄甲艦としても)記録的な大航海を行い、更にサンチャゴ・デ・キューバ海戦にアメリカ海軍の主力として参加。
 その結果「海軍のブルドッグ」と渾名され、行進曲まで作られる程の殊勲艦となりました。日本で言えば、さしずめ三笠のような存在ですね。
 ちなみにこの出来事によって、太平洋と大西洋を繋ぐパナマ運河の建造が後押しされる格好になったのだとか。

USS_Oregon_1941_USN_010309.jpg
(1941年、記念艦だった頃の姿。後方籠マストの増設に留意。元画像:Navsource.org
 しかし、その後の急激な建艦技術革新の前に本艦の旧式化は著しく、近代化改造にも関わらず第一次大戦終結後の1919年に雑役船「IX-22」として退役。本来ならばワシントン海軍条約により廃棄されるところを、その武勇伝を惜しまれた事で、その名の元となったオレゴン州はポートランドで記念艦として余生を過ごす事になりました。こんな所も三笠そっくり(笑)
 しかしながら1941年。おそらく皆様もご存知の通り、日本との間で太平洋戦争が勃発します。
 この際、過剰な愛国心にかられた人々(主に州知事とマスコミ)の扇動によって(ルーズベルト大統領の消極的反対を経て)1944年に海軍へと返納された“元”記念艦オレゴンは、武装を含む上部構造物を全て撤去され、ノッペラボーな船体だけの姿でグアム島まで曳航され、とりあえず火薬類保管庫として終戦の時まで用いられる事になりました。

010310.jpg
(1956年、解体直前の姿。元画像:Navsource.org
 そして終戦後の1948年11月、グアム一帯を襲った台風によって係留が解けたオレゴンはたちまち太平洋上へと漂流。翌月には発見されグアム島に戻されはしたものの、かといって今更ポートランドに曳航&元の姿に復元するのも無理という事で、1956年にスクラップとして転売され、日本は川崎で今度こそ解体される……という運命を辿ったのです。
 ちなみにこのオレゴン、現役当時アジアでの派遣任務のさなかに座礁し、日本は呉で補修を受けた事もあったのだとか。
 我が国と奇縁深いお船といえば海防艦102号ことDD-224「スチュワート」の名がしばしば挙がりがちですが、このオレゴンもまた、なかなかの奇縁っぷりと言えましょう。

IMGPG4266.jpg
 この時オレゴンに残されていた鎖が、時の横浜市長からアメリカ総領事を経てこの地に寄贈された……というのが、冒頭の碑の要旨。Wikipediaせんせーにも「鎖の一部は横須賀基地にて保存されている。 」と確かに記載されています。

 で、ここからが問題。

 碑があったのは、このような場所。
 それも、残されていたのはこの碑だけで、付近に鎖のようなものは……
IMGPG4270.jpg
 「これしか見当たらなかった!」ので、翠騎さんったらてっきりこれがその“戦艦オレゴンの鎖であったもの”だと思っちゃったのですよ。
 この鎖自体、建物周囲を区切るためだけの目的にしては妙に古い感じでした(明らかに元々ひどく錆びていた形跡がある)し、現役当時のオレゴンや、やや後年に建造された三笠などでも見られる「舷側に張られていた鎖」か?と思われたのです。
IMGPG0094.jpg これは三笠のモノですが、ナナの足元に張られてる鎖がそれ。
 ところがこちら、1957年に横須賀米軍基地で撮影されたと伝わる画像を見ますと、これが全然違います。
010310c.jpg
(元画像:Navsource.org
 ご覧になればお分かりの通り、保存されているのは明らかに主錨用か何かで、ナナが乗ってるあの鎖なんてメじゃないくらい太いという。
 確かに碑だけは、この画像にもあるのですが……先に挙げた現状からも明らかなように、少なくとも一回は移転されています。
 (強いて言えば、背後でチラリと見えている鎖が、今回ナナが乗ってた鎖の成れの果てっぽい?)

IMGPG4269.jpg というか、そもそもこの建物は何なんだ?というお話でもありますが。
 ちなみに、とある戦跡ブログ様方においてはこの錨が戦艦オレゴンのものと記述されていますが、主錨にしては明らかに小さ過ぎますし、そもそも「錨が保存されている」という確たる資料が残ってなかったり。


 一説によれば、件の碑から80メートルほど先の道路沿いに、脈絡もないような感じで唐突に張られているこの錆びた鎖がそれという可能性があるとか。
 しかし、1957年画像の鎖は明らかに黒い塗装が施されており、件の鎖とも違う感じです。

 更にツッコミを入れてしまうと、そもそも鎖に関するWikipediaせんせーの記述も日本語版のみのもので、英語をはじめとする他国語版には一切記載ナシと言う、衝撃の事実。
 つまり、一次資料としては件の1957年画像くらいしかないという事なのです。

 果たして、「横須賀米軍基地に保存されている戦艦オレゴンの鎖」は、一体今何処にあるのか。
 どなたか、ご存知の方はいらっしゃるでしょうかねぇ……?

 ちなみに。戦艦オレゴンが当初保存されていたポートランドには、かつて使われていたマスト(ストリートビューで見られます)と、いくらかの記念品が保存されているのだそうな。
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翠騎

Author:翠騎
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